住吉会

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住吉会
住吉会.png
代紋
組織の概要
設立年:
設立場所:東京都港区
設立者:阿部重作
首領:西口茂男
活動期間:日本
活動範囲:全国
構成民族:日本人在日朝鮮人
部落出身者近年では、極少数ながら東欧系アングラ
構成員数:11000
主な活動:
友好組織:
敵対組織:
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住吉会(すみよしかい)は、東京都港区に本拠を置く日本博徒指定暴力団

勢力範囲は1都1道1府17県、構成員は7100人[1]であり準構成員を含めると11000人。(2009年3月現在)

右翼団体の代表的な組織である、日本青年社[2]大日本朱光会[3] 等の右翼団体を傘下に持つ。

住吉会は住吉一家を中心とする、歴代の住吉一家総長を重んじる組織である。

住吉会に於いて住吉一家の傘下でない組織は幸平一家土支田一家のみである。

港会

昭和33年(1958年)、住吉一家三代目阿部重作は、住吉一家を中心として、関東の博徒と的屋を連合して、「港会」を結成した。阿部重作は、港会会長に青田富太郎(幸平一家十代目総長)を据えた[4]

住吉会(旧)

昭和37年(1962年) 阿倍重作が引退し、磧上義光が港会と住吉一家四代目を継承した。その後、磧上義光は、港会を住吉会と改称した。

昭和38年(1963年)12月 住吉会は、松葉会錦政会日本国粋会、義人党、東声会、北星会と共に、児玉誉士夫の提唱する関東会に参加した。

昭和39年(1964年)3月 警察庁は広域10大暴力団を指定した。10大暴力団は、山口組本多会柳川組、錦政会、松葉会、住吉会、日本国粋会東声会、日本義人党、北星会だった。

同年6月 関東会定例総会において、住吉会・磧上義光会長が二代目理事長に就任した。また、警察の第一次頂上作戦により磧上義光が逮捕され、[5] 翌年の解散につながった。

昭和40年(1965年)5月 住吉会が解散した。

住吉連合会

昭和42年(1967年) 堀政夫が住吉一家五代目を継承すると共に、解散した住吉会を引寄せ「住吉連合」を結成し代表に就任した。

昭和47年(1972年) 住吉会、稲川会、國粹会、東亜会、交和会、義人党、松葉会、二率会、双愛会により、博徒系暴力団の親睦団体・関東二十日会が結成された。

昭和57年(1982年) 堀政夫は組織を刷新し、組織名を「住吉連合会」に改め会長に就任した。

昭和63年(1988年) 堀 政夫は、住吉連合会日野一家四代目・川口喨史を住吉連合会会長に就任させ、堀は総裁に就いた。

住吉会

平成3年(1991年)2月 西口茂男が住吉連合会会長に就任した後に住吉一家六代目を継承した。

平成3年(1991年) 西口茂男は住吉連合会の各一家親分との親子血縁盃を行い住吉会と改称した。

平成10年(1998年)6月 西口茂男は住吉一家六代目総長のまま、住吉会理事長(住吉一家小林会二代目会長) 福田晴瞭に住吉会会長を継承させ、自らは住吉会総裁となった。

平成17年(2005年)4月 住吉会会長福田晴瞭は、住吉会総裁住吉一家六代目総長 西口茂男の指名により 住吉一家七代目を継承したことで、住吉会総裁西口茂男親分の事実上の跡目となった。 ※注 住吉会の親分は西口茂男総裁であり盃直しは行われていない。

住吉一家歴代継承者

親戚団体

住吉会頭領

住吉会最高幹部

住吉会執行部役員

住吉会幹部役員



住吉会執行部

その他

  • 副会長補佐 : 150名
  • 副理事長  : 320名
  • 理事    : 700名
  • 幹事    : 900名
  • 専任評議委員:1200名
  • 評議委員  :1700名
  • 代議委員  :2000名
2009年9月現在


脚注

  1. 出典は、[別冊実話時代Vol.8-P.20]
  2. 出典は、「国会会議録 第150回国会 国家基本政策委員会合同審査会 第2号 平成12年11月1日(水曜日)」
  3. 出典は、『大日本朱光会』のHPの「名誉顧問挨拶」『敬天新聞』のHPの「敬天新聞2月号社主の独り言」
  4. 出典は、大下英治『首領 昭和闇の支配者 三巻』大和書房<だいわ文庫>、2006年、ISBN 978-4-479-30027-4のP.202
  5. 「広域暴力団」に指定された10団体の中で、最初のトップの逮捕だった

参考文献